のぉ れいん のぉ れいんぼう

田邊裕貴の見た色々を雨のように、あなたの中に今まで無かったものを

のぉ れいん のぉ れいんぼう

あなたの中に無かったものをお届けします。

【寄稿】1日布団から出ずに過ごしてみた

はい、どうも。おはようございます、こんにちは、こんばんわ。

初めまして、紫陽花茶畑(あじさいちゃばたけ)と申します。

この度は天才ブロガー田邊裕貴の「のぉれ」にお邪魔させていただけること、

誠心誠意感謝感謝です。

 

簡単に自己紹介。

えー、端的に言うと

1998年生まれ、田邊裕貴と同級生で同じ高校を卒業した

兵庫県姫路市夢前町のくそ田舎在住の引きこもりでございます。


さて、僕のパーソナルなことは置いといて、本題にいきましょう。

皆さん、1日布団から1度も出ずに過ごしたことはございますか?

 

 

 

恐らく、この「のぉれ」の読者の方々にそのようなことをした、という方はいらっしゃらないと思います。

 

「布団から1度も出ない」と聞いてどういう印象を受けるでしょう。

※ここで留意していただきたいのは、怪我や病気などの身体的制約のない、健康な状

態。動くことはできる状態の場合です。

 

「なにもしてない」「自堕落」「だらしない」

 

これらの感想、あるいはこれらに似通った感想を抱くのが「普通」でしょうか、僕は「普通」ってなんなのか分かりませんが。


まあまあ、そういうのは置いといて(お分かりかと思いますが僕はいろいろ置いときます。あとで拾うこともあります)。

 

僕は引きこもりを今「やっている」訳ですが、以前の自分、具体的には高校を卒業した

あたり、今年の3月から4月にかけては「引きこもり」という状態こそ当てはまっては

いましたが、「引きこもりをやっている」という自覚はありませんでした。

 

ニュアンスの強い話で、僕自身頭のなかがふわっふわなので分からんかと思いますが、

つまり3、4月辺りの僕は「他人・社会・世間」という僕が作り出した空想の敵から

後ろ指を刺されるような感覚を抱きながら「引きこもっていた」訳です。

 

「僕」という主体、自意識、が罪悪感をたえず量産し、いたたまれなさから逃げるよう

に布団のなかに潜り込み、眠れぬ夜を毎日のようにすごし、怠惰が体をゆっくり支配し

ていく感覚にまた言い知れぬ不安と罪悪感を覚え、睡眠薬の量を増やして無理やり眠る

こともありました。

 

しかし、5月28日。今これを書いている5月30日現在から2日前。

僕は肥大した自意識の巣窟で、他人と比べて罪悪感を抱くという無限ループの海の底で

一筋の光明を見ました。それは海面から指す光の筋ではなく。暗い水底に沈んだガラス

破片が反射した一瞬の煌めきにも満たないものでした。

 

だからこそ、シンプルに実感したのです。

「ああ、今俺は引きこもりたいから引きこもっているんだ、誰かと自分を比べたところで何も変わらない。

引きこもっている自分を正当化したいわけでも、罪悪感を抱いて苦しみたいわけでもない。

ただ、引きこもりたい。布団から出たくない。そう自分で選択して、いま自分がやりたいことをやってるだけだ。」


そう、いまの「僕」にとって「引きこもる」ことこそが「やりたいこと」。


そう実感したとき、僕は布団のなかで丸1日過ごすということが「楽しい」と感じたの

です。


「なにもしない」を「する」ということ。このマインドセットで僕は非常に自由になれ

ました。「なにもしたくないならしなければいい」のです。

 

「なにもしていない、あー俺ダメだなぁ」という心理状態は

「なにかしないといけない」という強迫観念だけが一人歩きをするだけで、結局自由に

なることなど出来ないのです。


人生に価値や、自分に存在意義を求めているうちは自由になどなれません。

それは「これはこうあるべきだ」という頑固な価値観につながり、あらゆる行動を制約

します。


いまは「なんだって出来る時代」なんです。

 


僕は「努力」と「成功」という言葉が嫌いです。正確には「成功」しなくてはいけない

「努力」しなくてはいけない。という競争を煽る価値観が嫌いです。

 


なぜなら僕は好きなこと、やりたいことだけをやっていたいからです。

僕には現段階でやりたいことがたくさんあります。


音楽をつくる。

絵を描く。

小説を書く。

書店でバイトをする。

小説、漫画を読む。

映画、アニメを見る。

 

これからもたくさん増えていくと思います。

そして確実にそれを実行できると思っています。実行しているものもあります。

「向き、不向き」とか「才能がある、ない」ではない。

「やりたいから、やる」。

「向き、不向き」とか「才能がある、ない」とかは後になって「分かる」だけのことで

あって、最初に「やる、やらない」を決める判断材料にはならないのです。


例え才能がないと分かっても僕は「やりたいこと」をやめることはないでしょう。

少なくとも「才能がどうとか」の悩み事はしません。


「失敗」とか「成功」とかそういうのはどうだっていいのです。


だって「やりたいこと」が続けられればいいのだから。

そして現段階では、「布団のなかでだらだらする」というのが、僕にとってのやりたい

ことです。だって楽しいもん。

 

「理由」なんて後付けでいいし、そもそも絶対要るとも思えない。

うだうだ考えるのは時間の無駄です。「まずやる」。「やりたいことをやる。」

後、大事なのは「飽きたら止める」。

そういうある意味原始的な欲求こそ、これからの時代必要だと思います。


なんだか、まとまらない文章ですが、言いたいことを言わせてもらいました。

御閲覧ありがとうございます。


あ、漫画描きたい。

やりたいこと見っけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

感想

俺のBlog乗っ取られたんかと思うぐらい文章からオーラ出とった

個人的にめちゃくちゃ好きな記事やわ

一日中布団の中におれる奴ってどんなんやねんて思うやん

 

たまたまLINEしとったら

 

「今日は1日布団から出ぇへんっていうのをやってみたら意外と楽しかった」って

不意に言うてきよって

 

めちゃくちゃ面白い事しとるやんって事で

寄稿してよって言うたら翌日に記事上がってきた。っていう成り行きやねん。

結構恐ろしいモチベーションやで、これ。

 

茶畑さん、何もやらないと見せかけて人間捨てるぐらいの想像意欲あるから間違いなくまた寄稿してもらうと思う。

というか前からのぉれで寄稿連載をやってみるっていう企画考えとったから

これを機会に進めてみようかとも思う

その話はまた今度。

 

ほな!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

↓ 寄稿はこちらから!!

 

Fin.