のぉ れいん のぉ れいんぼう

田邊裕貴の見た色々を雨のように、あなたの中に今まで無かったものを

生きる写真

修行し直そうと思った田邊裕貴です。

 

俺の技術ってどこまでも写真がベースなんよな

別に悪いとは思ってへんねんけど

でも映像と写真ってちょっと考え方違うかったりするんよ

 

そこが俺には面白いんやけど

 

だからもう一回

 

 

 

 

 

 

光の勉強からし直そうと思う

しばらくモノクロ写真が増えるかも知れへん

修行や

 

夏にフィルム実習も控えとるから露出感鍛えとかなあかんし

お金貯めてレンズ買いたいとも思う

 

レンズ買うかボディ買うか悩んどるねん

ほんまはボディ買う予定やったんやけどこのまえカメラ屋でレンズ試したらレンズな気もしてきた

 

でもレンズにAF性能求めてない事もあって

オールドレンズ楽しもうかな

 

やっぱりボディ買うわ

 

PENTAX K−50買ってから2年以上経つねんな

今までよう勉強させて貰ったわ

何枚撮ったんやろうな

 

スマホではなんぼ撮っても物足りんわ

逆にええ味出ることもあるっちゃあるねんけど

やっぱりカメラを首から下げたら落ち着く。

 

 

 

 

 

修行というか

最近は写真撮る枚数が劇的に減ってたからまず訛ってる気がする。

それぐらいで鈍るようじゃあかんのやけど

今日の写真は光見るためだけに撮ったような写真やから構図が甘いとかは許してな

 

 

 

 

でも結局自分が撮る写真好きなんよな

自分で撮った写真嫌いな人少ないと思うんやけど

 

なんでか自分の撮った写真だけは特別に見えるよな

 

そこから他人に理解されたいか、されなくてもいいのかっていうのも大事で

俺は理解されたいんやけど

そうするには自分の感覚だけじゃなくて他人の感覚をどれだけ持っとくか

 

どれだけ他人の感覚を引き出しにしまっとけるか

 

で、写真の幅全然違うと思うんよ

俺いっつも思うんやけど

 

写真って自分の心の中の景色と、他人の心の中の景色繋ぐものやと思うねん

心の中の景色が、風景の切り取り方、構図、露出になって現れてると思うねん。

 

だから自分にしか綺麗に見えへん写真があったりする。

 

ほんで面白いことに写真を並べるだけで感じ方変わったりするんよな

順番でも変わる。

 

そうやって俺の中では映像に繋がっていくんよ

 

でも映像にした時には写真を並べただけじゃあかんねん

一枚一枚の抑え方を映像を意識していかなあかんと、

今俺が勉強しようとしてるのはそこやな

 

 

やっぱり写真からは離れられへんわ

これは一生つづく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Fin.