のぉ れいん のぉ れいんぼう

田邊裕貴の見た色々を雨のように、あなたの中に今まで無かったものを

小説『100回泣くこと』に学ぶ「愛とは」

愛とは。

これは僕と君の「わたしたち」の物語

 = =

 

今年ももうすぐ終わるので振り返り動画でも作ろうかと考えている

田邊裕貴です。

 

昨日に引き続き、古本屋さんで出会った本について語らせて下さい。

 

『100回泣くこと』

昨日の記事でも書いたけど、この本は古本屋さんで紙の本を買った。

 

 

 

 

 

 

 

 

100回泣くこと (小学館文庫)

100回泣くこと (小学館文庫)

 

 

なんでこの本買ったかって言うと古本屋の店主の付箋コメントが面白かったからじゃなく(コメントなしやった)

誰かにおすすめされた記憶があったから。

誰におすすめされたか覚えてない、ごめん。

 

どんな話かっていうと、タイトルと表紙から分かるように悲しい事が起こる恋愛小説。

ものすごいよくある。むしろ恋愛ものといえばこれ。っていうぐらいのテーマ扱ってて、

内容は違うのかと言うと内容も普遍的。

じゃぁなんでおすすめするか。

 

昨日の『人のセックスを笑うな』同様に小説として優れてると思ったから。

 

人のセックスを笑うな 』が「人と人の話」やとしたら

100回泣くこと』は「男と女の話

 

「あなたとわたし」じゃなくて

「僕と君」の話

やと思う。

なんかややこしいな、

 

 

どっちも恋愛もので、あらすじ上は同じ構成な部分があるんやけど

小説として登場人物の扱いが違う。

それと、『人のセックスを笑うな』に対してこれは作者の性別がすぐ分かる作品やった。

1行目から「あ、男やな」ってなる。それは何故かって言うのは研究中。

 

 

俺の感想

 

もうちょっとで泣く所やった。

それと余談なんやけど、「僕と君」っていう喫茶店で読んだねん。

 

昔ながらのええ喫茶店やった。トイレが和式やったわ。久しぶりに使った。

で、その喫茶店で危うく泣く所やった。

でもはっきり言うとこの話、前半5分の3ぐらいはつまらんねん

ただ、

 

「そりゃちょっとした変化はあるかもしれない。だけど絵の色は変わらないよ。絶対に変わらない。」 

 

っていう科白から、激変して面白い

 

で、この科白が「愛」を物語ってるんやなぁ

 

愛って何か。

人生の主語を「わたし」から「わたしたち」に変えること。

やと思う。

前半の5分の3までが全然面白く無かったんやけど、その面白く無かった部分にこそ愛が隠されてる。その事に気付かされる小説。

 

※ここからネタバレ含みます 

 

 

 

 

 

 

 

 

前半の5分の3は何してたかって言うと「結婚の練習」してるねん。

これがなんとも幸せそうなんやけど、ただそれだけで。変に長い。

でもそれが突然に無くなる。

失ったものは変に長い時間じゃない。大きな時間。

もう手に入れることは出来ない大きな時間。

そして書いてはないけど、この科白で自分たちの主語が「わたし」から「わたしたち」になってた事に気付く。

これが愛。そう気づいた時にはもう何も出来ん

 

彼女のためにできること。彼女のためにあろうとすること。唱えようとした言葉も、ただの文字だった。

 

 

「わたしたち」なんやけど、そこには壁があって

どうしても「あなたとわたし」が浮き上がってくる。

「わたしたち」を意識することがより「君」を強調してしまう事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今を全力で生きられてるか

その問はあまりにも残酷なんかもなって話。

 

 

 

 

 

 

 

Fin.

 

100回泣くこと (小学館文庫)

100回泣くこと (小学館文庫)